AIが進む世界で学ぶ場所を失う子どもたち
第81回国連総会とネパール洪水から考える 国際社会の責任と発展のかたち
世界がAIやロボット、半導体の可能性を語るとき、私は、ネパールの山あいで暮らす子どもたちのことを考えます。
新しい技術で、どんな未来をつくれるだろうか。その希望を、一緒に持てる子どもがいる。一方で、食事を十分にとれるか、学校へ通い続けられるかという、毎日の不安のなかにいる子どももいます。
同じ時代、同じ地球に生まれても、未来を選ぶための条件は大きく違います。
2026年8月26日、ネパールを襲った大規模な洪水は、暮らしとともに、子どもたちが学ぶ場所にも深刻な被害を与えました。この災害と、9月24日に行われたバレンドラ・シャハ、通称バレン首相の国連演説を通して、日本の皆さんと考えたいことがあります。
いま命を守る支援を届けながら、ネパールの人々が、自分たちの力で将来をつくれる条件をどう整えるか。
私はネパールで日本語学校と送り出し機関を運営しています。日本とネパールをつなぐ教育に携わる立場から、この問題を、子どもたちの学びと仕事の機会に結びつけて考えたいと思います。
現在、ニューヨークでは第81回国連総会の一般討論が行われています。総会は9月8日に開会し、各国代表による一般討論は現地時間9月22〜26日と28日。国連加盟193か国などの代表が、世界の課題に対する立場を表明する場です。今年は国連への信頼回復と、変化する世界への対応がテーマに掲げられています。戦争、気候変動、格差、AI、国連改革などが論点となり、気候変動対策や保健などの関連会合も開かれています。
そこでネパールが訴えたことを理解するために、まず、洪水の被害を確認しておきたいと思います。
国連ネパール事務所の状況報告第9号は、ネパールの国家防災当局による9月23日19時時点の死亡者1,453人、行方不明者5,644人という数字を掲載しています。行方不明者を死亡者に含めた数字ではありません。捜索と確認が続いており、人数は今後も変わる可能性があります。

また、UNICEFの9月22日付報告によると、被災した人は推計84,270人、そのうち子どもは32,021人です。給水設備64か所、医療施設7か所、学校23校が損壊しました。教育分野の調査では、児童生徒9,430人と教員216人への影響が報告されています。
数字を並べても、その一人ひとりの生活までは見えてきません。
学校が壊れると、授業を再開する場所が必要になります。橋や道路が失われれば、食料や薬を運ぶことも難しくなる。畑や商店を失った家庭は、収入を立て直す必要があります。子どもの学びを支えるには、教科書と一緒に、住まい、食事、安全な通学、家族の生活を取り戻さなければなりません。
この洪水は、気候変動が原因だったのでしょうか。
ここは、思いの強さだけで断定してはいけないところです。
ICIMOD、国際総合山岳開発センターは、8月26日にランタン・リルン山の北向き斜面が崩壊し、岩盤の崩落が氷と岩の雪崩を引き起こしたと説明しています。それがボテコシ・トリシュリ川の流域を下る破壊的な流れにつながりました。
World Weather Attributionによる9月17日公表の分析は、長期的な温暖化が、氷河の縮小や岩の隙間にある永久凍土の融解を通じて、斜面を不安定にした可能性を指摘しています。ただし、地質条件なども関わる複合的な災害であり、人為的な気候変動がなければ今回の崩落が起きなかったかどうかまでは評価していません。
直接の引き金となった崩落と、その背景で山を変えている温暖化。この二つを分けて理解することが必要です。
だから、今回の災害を「気候変動だけが原因」と言い切ることはできません。しかし、不確実な部分があるからといって、温暖化への対応を先送りしてよいわけでもありません。
研究に参加したニューカッスル大学は、今回の規模が既存の適応策の限界を超えたこと、氷河や高山の永久凍土が過去の温暖化にも長い時間をかけて反応することを説明しています。警報を増やすだけで、あらゆる被害を防げるわけではないのです。排出削減と、災害に備える取り組みを同時に進める必要があります。
こうした状況のなかで、バレン首相は9月24日、国連総会で何を訴えたのでしょうか。ネパール外務省が公開した演説を、主要な論点に絞ると、次のように整理できます。
- 洪水被害からの復旧・復興を支える、十分な無償資金の確保。
- ネパール、インド、中国が中心となるヒマラヤの気候・防災協力。衛星情報の共有、氷河湖の監視、早期警報、越境支援の連携。
- 肥料や燃料など、生活と生産に必要な物資へアクセスできる、より公平な国際経済秩序。
- 小さな国や弱い立場の人々も、負担の分け方と意思決定に参加できる仕組み。

首相は、軍事物資の輸送と、農家が必要な物資を手に入れる難しさの対照も示しました。気候正義には、資金とともに、誰が負担し、誰の声が届くかという問題があると訴えています。これらは演説で示された提案・主張であり、今回の総会で実現が決まったものではありません。
私はこの演説を、災害のあとに元の生活へ戻るための支援と、その先へ進む機会を、同時に求めるものとして受け止めました。
ここからは、教育と人材育成に携わる私自身の考えです。
救援金や、気候変動による「損失と損害」への支援を、小さな話として扱うことはできません。被災した家族にとって、それは今日の食事であり、薬であり、雨をしのぐ屋根です。
その切実さを大切にしたうえで、支援の先まで考えたいのです。復興のたびに負担が積み重なり、学校や産業に投資する余力を失うなら、次の世代が将来を選ぶ条件も狭まってしまいます。
必要なのは、救済、復興、そして長期的な発展を、途中で切れないようにつなぐことだと思います。
日本の皆さんは、山の谷に生まれた農家の子どもが、十分な食事や教育の機会を得られない現実を、どのように受け止められるでしょうか。
もちろん、ネパール全体に学校がないわけではありません。ネパールの人々が何も進めてこなかったわけでもありません。WFPの報告では、学校給食は全国77郡の約300万人に届く事業へ発展し、2025年にはネパール政府の全額負担となりました。一方で、慢性的な食料不安のある地域への栄養支援は、今も重要な課題です。
守りたいのは、こうした努力が積み重なっていくことです。少しずつ広がった学びの機会が、災害や貧困によって途切れてしまう。その繰り返しを、どう減らせるでしょうか。
AIやロボットの進歩には、その成果を山あいの暮らしまで届けることを期待しています。衛星やセンサーで危険な斜面を調べ、通信で警報を届け、子どもの言語に合った教材で学びを支える。技術には、そうした使い道もあります。
ただ、機械を届ければ解決するほど簡単ではありません。電力、通信、保守部品、使い方を教える人、地域の言葉で相談できる人が必要です。AIによる予測にも誤りや限界があり、住民の経験や現地観測と合わせて判断しなければなりません。
技術へのアクセスを広げるときには、それを使い、直し、改善できる人も育てる。その費用まで含めて協力を考えてほしいのです。
先進国が果たすべき役割は何でしょうか。
まず、温室効果ガスの排出を減らす責任を、実際の政策と投資に反映させることです。災害が起きたあとに支える努力と、将来の危険を増やさない努力は、両方必要です。先進国には歴史的な責任と対応能力に見合う行動を求めたい。同時に、現在の大きな排出国や新興国を含め、各国がそれぞれの責任を果たす必要があります。
次に、約束した支援を、必要な場所へ届く形にすることです。パリ協定には、先進国による途上国への排出削減・適応のための資金支援に加え、技術開発・移転、能力強化の枠組みがすでにあります。この枠組みを実行し、現場から利用できる仕組みへと改善することが問われています。
そのうえで私は、今後の国際協力に、次のような仕組みを組み込みたいと考えます。
- 復興で教育や医療が削られない資金設計資金設計。 緊急支援と基礎的な生活再建には無償資金を重視し、既存債務については災害時の返済猶予などを協議できるようにする。産業投資は採算や返済能力を個別に確かめる。
- 現地に知識と仕事が残る契約。 防災設備やエネルギー事業の協力に、現地技術者の育成、保守予算、部品の調達、ネパール企業の参加を組み込む。技術の利用条件は権利者と合意し、継続して使えるものにする。
- つくったものを売り、必要なものを買える条件。 国境物流の安定化、品質検査・認証への支援、適正な取引契約を進め、ネパールの農産物や製品、サービスが市場に届く機会を広げる。
- 被災する人が決定に参加できる仕組み。 山岳地域の自治体、住民、女性、農家、若者が、防災事業や支援の優先順位を決める段階から参加する。成果は拠出額だけでなく、学びの再開、所得の回復、施設の継続稼働で確かめる。
これらは、今回の国連総会で決まった制度の紹介ではなく、私からの提案です。支援を受ける側が、その目的と運営に責任を持てるようにすることが大切だと思います。
では、ネパール自身はどうあるべきでしょうか。
国際社会に責任を求めるのと同時に、国内でできることを進めなければなりません。支援金と公共事業の契約を公開し、誰に何が届いたかを住民が確認できるようにする。支援から漏れた人が相談できる窓口を設ける。国際的な信用は、こうした日常の行政から築かれると思います。
道路や水力発電所を増やすときも、建設時の利益だけでなく、将来の気候、斜面、流域全体の危険を考える必要があります。危険な場所から移る必要がある場合には、住民の合意とともに、土地、仕事、学校へのアクセスを確保しなければ、暮らしを再建できません。
教育や職業訓練も、災害に耐えられる国づくりの一部です。地域の設備を直せる人、農作物の価値を高められる人、学校で教える人、行政で計画を立てる人を育てる。海外で働く機会を大切にしながら、国内にも技能を生かせる仕事を増やしていく。その両方を考えたいと思います。
私自身、若者を日本へ送り出す仕事に携わっています。だからこそ、日本へ行けた人数だけで、教育の成果を測りたくありません。本人が学び、安心して働き、将来の選択肢を増やせたか。日本で得た経験を、本人の希望に応じてネパールの仕事や事業にもつなげられるか。そこまで視野に入れたいのです。
自力で発展するということは、他国の力を借りないという意味ではないと思います。協力を受けながらも、自分たちで優先順位を決め、運営し、次の改善へ進める力を持つことです。
日本の企業、学校、研究機関にも、一緒にできることがあるのではないでしょうか。
例えば、防災設備の支援と現地技術者の養成を組み合わせる。日本で学ぶ若者と、ネパールの地域課題に取り組む研究者や企業をつなぐ。学校給食を支えながら、地域の農家から継続して食材を買う仕組みを育てる。小さく始めても、現地で続けられる条件を一緒につくることには意味があります。
日本の皆さんにも、自分の生活や将来への不安があると思います。そのなかで、遠い国の問題まで考えることは、簡単ではありません。
それでも、ネパールの子どもを、支援を待つ存在としてだけ見ないでいただけたらと思います。学ぶ機会を得て、技術を使い、地域の問題を解決する仲間になる可能性を持った一人として、見ていただきたいのです。
地球という惑星そのものが、明日なくなるという話ではありません。私たちが守るべきなのは、その上で安心して暮らし、食べ、学び、働ける環境です。そこが壊れていけば、技術の進歩も経済成長も、人の幸せを支えきれなくなります。
ネパールの山の谷に生まれた子どもが、十分に食べ、安心して学校へ通い、やがて自分で未来を選べる。その子が育てる技術や仕事が、今度は誰かの暮らしを支える。
私は、日本の皆さんと、その未来をつくる仕事をしていきたいと思っています。
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